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あざやかに塗りつぶすのさ

ジャニヲタ&スタダヲタ。新たに声優沼へドボン。 自分的メモ含む

これが職務経歴に加えられればいいのに

ジャニオタ歴が人生の半分を超えてきたんですが、担当歴をまとめてみようかな。
ちなみに私は担当増員型です。

◾︎1995.11〜2000.1あたり
V6 岡田
◾︎1997あたり〜2012.1
嵐 相葉
◾︎2010.12.31〜現在
Hey!Say!JUMP 有岡
◾︎2012.4〜現在
Kis-My-Ft2 二階堂

一覧にすると4人ですか。
現担当は有岡くんと二階堂くんになりますね。
ジャニオタになるきっかけをくれたV6
青春を駆け抜けた嵐
キラキラと可能性を秘めているHey!Say!JUMP
どうしてハマったのか謎だらけのKis-My-Ft2

V6との衝撃の出会い

出会いはコンビニで見かけたSMAPが表紙のMyojoでした。
幼少期は夜7時に就寝し朝まで爆睡というちょー規則正しい生活をしていて殆どテレビを見たことがありませんでした。
小学校に上がってからしばらくは同じ生活をしていたのですが、さすがに学校で話題ついていけなくなり、起きれる時は起きていました。
その中でSMAPという人たちを知り、たまたま祖母と買い物に行った時にコンビニに置いてあったMyojoの表紙が見知った顔だったから買ってもらった。それがジャニオタ人生の始まりでした。
全くといっていいほど顔も名前も知らない芸能人が載っている中で、見開き1ページにジャンプをしてる6人が目にとまりました。
そこには『V6』と『デビュー』の文字。
その時ビビッと今まで見ていたページから感じなかったものがありました。
その時点で目を奪われたのは三宅くんでした。
ただその後どうやったらV6が見られるかなんて、テレビに疎い私はわからなかったのです。3枚目のCDが出るまでCDすら買ったことありませんでしたから。
しばらくは毎月買うMyojoでのみV6を見ていました。
何ヶ月かした頃、今でいう担当は岡田くんになっていました。

Myojoを毎月購読していると自然とV6がジャニーズと呼ばれる人たちで他にもたくさんいるというのを知ります。
同じタイミングでジャニーズのシステムも知り、Jr.がいるということも。
そんな中、フレッシュJrとしてハワイの青空の下、少し不細工な笑顔の相葉くんが目に止まりました。
「Jrならこの子だなぁ」と漠然と思っていました。

この頃、金田一少年の事件簿銀狼怪奇ファイル、僕らの勇気-未満都市-など土曜9時ドラマ豊作な時期でもあったのでジャニーズに触れる機会が多くもありました。
何曜日の何時からやってるかわからない愛LOVEジュニアをタイミングが合えば見たりとゆるゆるオタクをしていました。

1996年夏のMyojo。いつものごとくV6のページを読んでいると右下に『ファンクラブ発足』という小さな文字を発見!!
今思うと私の情報源全てはMyojoでした。
母親は若かりし頃追っかけをしてたらしく、ファンクラブに入りたいという申し出もすんなりOKを出してくれ、お年玉で入会。
翌年の東京宝塚劇場公演が生V6と相成りました。(座席が神すぎて後にも先にもあんないい席こないと思う)

V6と天秤にかけてでも選んだ嵐

初めてコンサートに行ってからはズルズルとジャニ沼にはまっていき、担当が岡田くんと相葉くんの2人になって2年弱。
学校へ行く準備をしながらめざましテレビのエンタメ情報を見ていたら、軽部アナが「ジャニーズから新グループデビュー!」との言葉が聞こえ、歯ブラシをくわえたままテレビの前へ。
きっとタッキー、翼くんあたりがデビューするんだろうなーと思っていたら、まさかのまさか、デビューするメンバーの中に相葉くんがいました。
驚いて漫画みたいに歯ブラシを落とすなんてことを後にも先にもないと思います。それくらいの衝撃でした。
バレーボール期間はメディアにたくさん出るし、雑誌も出るしで学生の身には金銭面的にもとても辛い時期でした。
友達の家に泊まって始発で握手会に行ったのが懐かしい(田舎すぎて自宅の始発から行っても遅くなるという理由がありました)
2000年に入り、嵐のファンクラブが発足となったときに、V6と嵐両方を継続することなんてできませんでした。どちらか一方だけと考えて、悩んで。
これからの嵐を応援すると決めました。
担降りをしたつもりはありませんでしたが、そこから生活は嵐一色となりました。
2012年Beautiful Worldを観に行った時に、
「あぁ、私の見たい嵐は全部みれた!思い残すことはない」とストンと気持ちが軽くなりました。JUMPにハマってから比重がどんどん変わっていくなかで、周りは嵐担ばかりで、その仲を壊さないようにと無理に嵐を追いかけていることもありました。
そんな気持ちも全て気にならないくらいに満足をし、相葉担を名乗ることは自然となくなりました。
(周りに打ち明けたのは半年以上経ってからでしたが)

こんなにキラキラしてたなんて!

10年以上嵐、嵐、嵐。他のグループも好きだけど担当になるのは相葉くん以外考えられない。相葉くんから降りる時はヲタ卒だと思っていた2010年11月。友達から「JUMPのいのちゃんが可愛いから見て」と言われ、JUMP NO.1のリリースに合わせてMステに出たJUMPを見たときに、あまりのキラキラ具合にビックリしました。JUMPは2007年Timeコンin東京ドームでお披露目されて以来ぶりに見たのであまりの成長に初めはなんだかよくわかりませんでした。
記憶を辿ると…JUMPが一人ずつ自己紹介をした時に「伊野尾慧」というフレーズを聞いて「いのーちゃんデビュー出来たんだ!」と喜んで周りから白い目で見られるというね。ただあまりにも若く、また嵐にハマりすぎていたのでその程度で気にもしてなかったです。
それからいのちゃん目当てで動画を漁り、情報を仕入れの日々。新曲発売が近いことを知り初回盤を予約し、紹介してくれた友達に年明けのLIVEに誘われた時点で、ファンクラブに加入。
さて、誰を選ぼうか…。今までの話であれば順当に考えて『伊野尾慧』と書くのが普通だと思います。でもその時書いた名前は『有岡大貴』でした。
動画を漁ってる中で、「担当にするならきっと有岡くん」と思っていたし友達にも言っていました。
入会後、発売された【ありがとう〜世界のどこにいても〜】のメイキングを見て、有岡くんが可愛い!なのにかっこいい!と有岡熱が高まっていきました。
年明けのJUMPコンの前にカウコンがあり、奇跡的にいい席が回ってきました。
この年有岡くんがカウコンに出られる年齢になりHey!Say!BESTが揃う年でした。
奇跡的な瞬間に立ち会えるじゃないか!と思いつつ、年明けのJUMPコンのために作ったうちわを持ってカウコンに行きました。
結果、有岡くんからまさかのファンサをいただき(距離的にはどうなの?って感じですが一緒に行った友達に言われて気づいたので恐らく)
年明けのJUMPコンでもファンサをいただくという奇跡!
そしてステージでキラキラ輝くJUMPのこれからの伸びしろや成長を見ていきたい!と思ってまさかのまさかで有岡担になりました。
今でも有岡くん世界一かっこいいが口グセです。

未だにわからない、Kis-My-Ft2の沼

それからはHey!Say!JUMPの日々。ただメディア露出が少なく楽しみは毎月の雑誌。定期的にあるコンサートと嵐担の頃にはない状況が。そんな中、有岡くんが謎の抜擢で少年の倶楽部の司会を務めることに。
何度か収録を観に行ったりしていました。
観に行っている時期はKis-My-Ft2がデビューする前後で猛プッシュされている時期でした。
その頃本当にキスマイが苦手で苦手で。むしろ嫌いな部類にいました。(キスマイ出すならA.B.C-Zもっと出せよと本気で思ってました)
今思うと毛嫌いしてるだけなんですけど本当になんでこんなのデビューすんの?とか思ってましたから。
宮田くんに関しては全く知りませんでしたし。
ある少年の倶楽部の収録の日。二階堂くんがポンパで出てきたときがあるんですが、本当に可愛くて!「あー、ニカちゃんは可愛い」と漠然と思っていたんです。それが2011年の夏から秋にかけてでした。
そしてその年のカウコン。JUMP全員がカウコンに出られる記念の年。
どうしても入りたいからと一人で申し込みました。
キスマイもデビューして初めてのカウコン。目の前にはローラーで颯爽と滑る二階堂くんと横尾さん。
「ニカちゃん本当に可愛いなぁ。横尾さんめっちゃカッコいい!」と2人が気なる存在に。そのあと特に番組を追ったりはしていませんでしたが、年が明けて3月後半。
濱キスSPでのビビリ橋予告。
お、これは面白そうだぞと思いレギュラー番組を予約し、思い出したように見ていた時でした。
ビビリ橋に期待を裏切らないビビリを見せていた二階堂くんをみて「この子の担当になる」といつの間にか口にし、キスマイにズルズルハマっていきました。
ただ、グループを好きかと言われると微妙なところではあります。
個々はみんな好きなんですが、Kis-My-Ft2を好きですか?と聞かれると「微妙」という言葉がしっくりするのは二階堂担になってから今でも思っているところです。
その部分はまた気が向いたら書くことにします。

簡単にまとめましたけど、ある意味濃いヲタク期間ですね。
人生の真ん中にジャニーズがいますよ、本当。